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新撰組副長 土方歳三はどこに眠る? 墓所の場所と経緯を追う!

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戊辰戦争を戦い抜き、函館で戦死したと言われている土方歳三。

武士としての最期を全うせんがため、新政府軍との徹底抗戦を続けた結果、賊軍として亡くなってしまった彼の、魂が眠る墓所は、どこにあるのでしょうか。

今回は、土方歳三の墓所と、そこに葬られるまでの経緯を追ってみたいと思います。

遺骨のないお墓?

幕末の世に生き壮絶に散った、土方歳三の命日5月11日に合わせて、毎年5月に東京都日野市にある石田寺(せきでんじ)では、法要が執り行われています。

僧による読経や焼香などにも一般参列できる「歳三忌」と呼ばれるこの法要には、全国各地から土方歳三を偲ぶファンがつめかけ、石田寺の境内には多くの人でにぎわいを見せます。

日野市は土方歳三の故郷であり、石田寺は土方家の菩提寺でもあるところ。

その石田寺、境内の奥に土方歳三のお墓はあります。

戒名は「歳進院殿誠山義豊大居士」

墓石に刻まれた「義豊」は、土方歳三の諱です。法要時でなくとも、献花は絶えることはありません。

土方家の菩提寺、日野石田寺にある墓所は確かに土方歳三のお墓とされていますが、しかし彼の遺骨はここにはありません。

最期の戦いに挑む土方から託され、泣く泣く戦況から脱出した小姓市村鉄之助が、土方の家族の元に運んだ遺品の中には、有名な写真の他、彼の遺髪数本もあったようです。

石田寺の墓所に遺髪も納められている、という説もありますが、推測の域を出ていない状態です。

では、土方歳三の遺骨は、どこにあるのでしょうか。

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遺骨が見つかっていない理由

実は、土方歳三の埋葬場所は、現在でもはっきりと分かっていません。

白兵戦の中、一本木関門で被弾・戦死した土方の遺体がどうなったのか。誰に運ばれ、どこに埋葬されたのかは謎のままなのです。

何故このような事態になってしまっているかというと、理由は1つ。

それは正規軍に弓引く「賊軍」であり、「敗者」だったためです。

新選組局長であった近藤勇は、下総流山で捕縛の後斬首され、その首は3日に渡り板橋の刑場にて晒し首になりました。

土方歳三の遺体も新政府軍にもしも見つかってしまえば、たとえ死後でも首を取られて、晒し首になってしまっていたかもしれません。

武士として最も屈辱的な仕打ちを、土方と共に戦った仲間が良しとするはずもなく、生き残った仲間がひそかに隠し、官軍に見つからないよう地中深く埋めたや土方の部下であった小柴長之介に引き渡され、ほかの戦死者と共にひそかに五稜郭内に埋葬されたとも言われています。

旧幕府軍の降伏をもって戊辰戦争が終結したのは、明治2年の5月18日。土方が戦死したとされる日はそのわずか6日前の5月11日です。

敗戦間近の激戦や混乱で、埋葬した場所がわからなくなっていたとしても仕方がないことですし、関わった人たちの証言もまた聞きや推測が多く含まれるようで、確定に至るまでにはなっていません。

他にも、同じく箱館戦争で戦死した伊庭八郎の隣の土饅頭に埋葬されている(五稜郭内)とか、墓が見つかっていないのはひそかに生き延びたからだなんていう説もあります。

(後に、伊庭八郎の埋葬地の傍ら、土方歳三が眠っていると推測される箇所の土を、土方歳三のご子孫が採取、日野で供養したという話もあります)

大正15年(1926年)の10月10日の「函館毎日新聞」には、五稜郭内で発見された3体の遺骨の写真が掲載されました。

これによって、「函館戦争の戦死者は五稜郭内に埋葬された」という証言の裏付けは取れたました。しかし、「それが土方歳三の遺骨である」と確定されたわけでもありません。

戦争終結後も、新しい明治政府のもとでは、敗者であった旧幕府軍のお墓や碑を建てることはできなかったようです。

明治時代初期に発令された「太政官布告」という通達により、「戊辰戦争戦没者の慰霊をしても良い」とされ、以降、亡くなった新選組の隊士たちの慰霊碑やお墓も、そのゆかりの土地などに、ようやくできはじめました。

旧幕府軍として土方歳三と共に戦い生き残った、榎本武揚・大鳥圭介らにより建てられた、戊辰・箱館戦争における犠牲者の慰霊碑『碧血碑(へっけつひ)』が、現在も函館山にあります。

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墓前法要に参加できる

遺骨はないものの、公式な土方歳三のお墓は、東京都日野市石田寺とされています。

これからも日野の人々やご子孫の方々に支えられ、大切に守られてゆくことでしょう。

今年で41回目を迎える「歳三忌」は、2016年5月7日(土)に行われます。11:00からの墓前法要は無料、その後別会場てに行われる講演会には2000円で参加できます。

興味のある方はぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

北村美佳子

投稿者プロフィール

いにしえに想いを馳せて、一人涙し、一人ニヤつく。そんな日本史をこよなく愛するライター。重度の活字中毒でもある。愛読書は梅原猛氏の本。
日本史が好き過ぎて、記事を書きながら悶絶することも多々あるけれど、いくつになっても好きなものは好きだと言える女でいたい、そう願って邁進中であります。

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