過去の記事一覧

  • 土方歳三の辞世の句 どんな意味が込められているのか徹底検証!

    「辞世」とは、この世との別れを告げることを意味します。 文人や武士・僧の多くは、戦や病など自分の死が近づいてくると、辞世の歌を残しました。 奈良時代の歌人柿本人麻呂から、昭和期の作家三島由紀夫まで辞世の歌はあ…
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  • 明智光秀と豊臣秀吉、彼らの関係性に迫る!

    明智光秀と豊臣秀吉と言えば、本能寺の変の後、山崎の戦いで秀吉が光秀を破り、結果として彼の天下取りへの大きな一歩となったわけです。 そのことばかりがついクローズアップされますが、考えてみれば、2人は同じ時期を信長の家…
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  • 土方歳三は本当に「鬼」だったのか!? 残されたエピソードから性格を探る

    拷問、粛清、厳しい掟や取り締まりなどにより、敵からも味方からも「鬼」と称され恐れられるほどだったと伝わる新選組副長:土方歳三。 一方では俳句を嗜む、感性の豊かな面があったり、部下を気遣う優しさを見せたりと、彼の性格はど…
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  • 明智光秀は「金柑頭」というあだ名にキレて、本能寺の変を起こした!?

    いきなりですが、自分のあだ名って気に入ってますか? たいてい、小さい頃に友達につけられることが多いですよね。私は中学生や高校生のときのあだ名をそのまま今も呼ばれています。気に入っているので問題ありませんが。 …
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  • 夭逝した天才剣士、新選組の沖田総司はどんな性格だった?

    幕末は、近代化という大きい波が押し寄せてくると同時に、多くの志士たちが命を懸けた死闘を繰り返した時代でもあります。 新選組もその1つ。 「子ども好きで、無邪気、陽気によく笑う人物だった」と評されることが多い、…
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  • 猛将 本多忠勝の三方ヶ原の戦いでの奮戦ぶりに迫る!

    勝ち戦の中での功労者はかっこいいですが、敗戦の中で孤軍奮闘した人物により魅力を感じるのは私だけでしょうか。 徳川四天王として勇名を馳せ、豊臣秀吉には「東に本多忠勝、西に立花宗茂(たちばなむねしげ)」と称賛された勇将…
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  • 新撰組副長 土方歳三はどこに眠る? 墓所の場所と経緯を追う!

    戊辰戦争を戦い抜き、函館で戦死したと言われている土方歳三。 武士としての最期を全うせんがため、新政府軍との徹底抗戦を続けた結果、賊軍として亡くなってしまった彼の、魂が眠る墓所は、どこにあるのでしょうか。 今回…
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  • 沖田総司の死因は結核? 天才剣士でも勝てかなかった病とは

    天才剣士と言われ、幕末の京を震撼させてきた新選組・沖田総司。 労咳という病により、志半ばで亡くなったとされています。 今回はその沖田総司の死因について、見ていくことにしましょう。 池田屋での昏倒は、実は「結…
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  • 三方ヶ原の戦いで負けた徳川家康が描かせた肖像画の意味が深い!

    失敗を教訓にとはよく言いますが、それって簡単なことではありませんよね。 できることなら失敗なんて思い出したくありませんし…それが大きな失敗であるならなおさらです。 そこで失敗と向き合える人は、きっと人間的に強…
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  • 天下人 徳川家康 三方ヶ原の戦いで怖さのあまり脱糞をしてしまった!?

    思い出したくないほどの失敗ってありますか? 私はありますが、思い出すだけでいたたまれなくなるので、できるだけ思い出したくありません。 それが下(しも)関係の話だったら、もう大変です。記憶から抹消したくなるはず…
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人名・事柄名

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