大阪夏の陣 両軍の合言葉 そして、その意味はいったい!?
「山」と問われたら「川」と答える。
こうした合言葉は、古くは672年の壬申の乱にまでさかのぼり、現在も振り込め詐欺などの防止のため合言葉を決めておくことを警察が推奨しているそうです。
大阪夏の陣においても両軍は合言葉を決めていたといわれていますが、戦国時代において合言葉とはどのような意味をもっていたのでしょうか。
徳川は「旗」、豊臣は「山」
夏の陣における両軍の合言葉は、徳川は「旗」、豊臣は「山」だったといいます。
夏の陣では大坂城が炎に包まれ落城しましたが、その際に豊臣側の脱走兵や女性たちは助けを求めて「旗」と言っていたなんて話もあります。
合言葉が敵にバレてしまっていては、なんの役にもたたないような。
合言葉の使われた理由
そもそもなぜこうした合言葉が必要だったのでしょうか。
合言葉の初まりと言われている壬申の乱では、夜襲の際に金(かね)と問われたら金(きん)と答えるという合言葉が決められたとされています。
つまり、目の見えない暗闇での戦闘において敵味方を区別する手段として用いられ始めたことがわかります。
その後も夜戦の際には合言葉を定めていたことがいくつかの史料に残されていて、江戸時代の赤穂浪士による吉良邸討ち入りでも合言葉が定められたそうです。
乱戦の中でも同士討ちを避ける
また、合言葉には乱戦の中でも同士討ちを避けるという目的があるともいわれています。
確かに時代劇などの戦闘シーンを見ていると、きちんと区別して戦っているのだろうかと不思議になることがあります。
スポーツの時のように、みんなで同じユニフォームを着用すればそうした間違いも起こらないのかもしれませんが、当時の人達の鎧兜はみな個人個人思い思いのデザインです。
鎧の袖に袖印を付けたり、背中に旗指物と呼ばれる小旗を指したりもしていたようですが、乱戦の中ではそれがとれたり落ちたりすることもよくありました。
こうした状況の中で間違えて味方と戦わないために、さらには味方に殺されないために合言葉というのは有効な手段だったのです。
しかしながら、あの乱戦の中いちいち合言葉を確認して戦っている余裕があったかは疑問ですが。
忍者の任務にも必要不可欠
怪しい場所で怪しい人物と遭遇する可能性の高い忍者の任務。それゆえに忍者も合言葉を常用していたといわれています。
その合言葉はごくごく単純なものが多かったようで、「マル」といえば「マル」と答えるというものや、「月」「日」、「谷」「水」などわかりやすいものでした。
しかしながら現在も情報漏洩が多くニュースで聞かれますが、単純な合言葉は敵に感嘆にバレてしまいます。バレてしまったら、合言葉として役に立たないわけで、そのため合言葉というのは毎日更新されるようになっていたそうです。
定期的にパスワードを更新しましょうという通知が届きますが、合言葉というのは現代でいうところのパスワードみたいなものなのかもしれませんね。