坂本龍馬も好んだ京都の老舗水炊き

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慶応3(1867)年、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋事件は、風邪気味だった龍馬が軍鶏鍋を食べようと、土佐藩御用達の書店菊屋の伜・峯吉に軍鶏肉を買いにやった隙に起きました。

龍馬の鶏好きが窺われるエピソードですが、京都には今も坂本龍馬が通ったという老舗の水炊きの店があります。 龍馬も食べた水炊きとはどんなものだったのでしょうか。

水炊きの老舗 鳥彌三

江戸時代初期の後慶長19(1614)年に角倉了以・素庵父子が京都と伏見をつなぐ運河として開いた高瀬川。 その近く、京都市下京区西石垣通四条下ル斉藤町136に老舗の鳥料理屋・鳥彌三(とりやさ)があります。

天明8(1788)年、初代の彌助が創業した料理屋は、二代目の彌三郎が鳥料理を手がけるようになり、以来226年の伝統を守っています。

幕末に京都を拠点としていた坂本龍馬もまたこの店の客となっていたそうです。 登録有形文化財となっている歴史を感じさせる町家造りの店舗の中には、龍馬も利用したという座敷も残っていて、そこで料理をいただくこともできます。

鳥彌三の水炊きはどんな物か

この鳥彌三の水炊きは、生後3カ月までの京都産の丹波の地鶏と愛知県の名古屋コーチンの雌鳥を使用し、鶏ガラだけを三日間炊き込んで作った白濁のスープの中に、鶏の骨付き肉をや京野菜を入れていただく鍋料理の逸品です。

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龍馬はこの水炊きを食べたか

鳥彌三に通ったという坂本龍馬も、この水炊きと同じものを食べたのでしょうか。 鶏の骨を炊き込んで白濁したスープを取り、そこへ具材を入れて食べるタイプの水炊きは、明治時代に福岡県の博多地方で考案され、博多煮の名で広まったものと言われています。

一方、関西で一般的だった水炊きはスープではなく文字通り水で鶏肉を炊き、それをたれにつけて食べるというものだったようです。 それからすると、当時、龍馬が食べた水炊きは現在のような白濁したスープタイプではなく、鳥鍋に近いものだった可能性もあります。

龍馬好みの軍鶏鍋とは

坂本龍馬が最後に食べようとした軍鶏鍋とは、どんな鍋物だったのでしょう。 軍鶏はもともとタイ原産で、江戸時代初期までには日本に入って来ていました。

その荒い気性を利用して闘鶏などに使われたため、軍鶏と書き、当時のタイの呼び名がシャムだったことから、名称もシャムがなまってシャモになったと言われています。

龍馬の故郷の土佐では、小軍鶏と呼ばれる小型の品種が飼育され、甘辛い割下にニンニクなどとともに入れて食べるのが土佐風の軍鶏鍋だったようです。 鶏肉とニンニクを入れて煮込んだ鍋、なるほど風邪気味の時にはよさそうです。

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