「いろは歌」は柿本人麻呂の暗号を使った遺書だった!?
飛鳥時代の歌人で、後に「歌聖」と称され、三十六歌仙の一人に数えられる柿本人麻呂。
彼の詠んだ和歌の中に暗号が隠されているとい言いますが、それは本当のこのなのでしょうか?
柿本人麻呂とは
柿本人麻呂の生涯ははっきりとはわかっていませんが、『万葉集』に載せられた詠歌によってその存在が知られています。
彼は660年頃に生まれ、一般には天武天皇の時期から宮廷に出仕し歌人としての活動を始め、次の持統天皇の代で特に活躍したと見られています。
彼は以前は高級官人と見られていましたが、現在では次の二つの理由から、六位以下の下級役人で生涯を終えたというのが通説となっています。
その理由とは下記の通りです。
- 五位以上の者については正史に記載しなければならなかったが、人麻呂の記載はないこと
- 律令において、死の記載に関して、三位以上には「薨」、四位と五位は「卒」、六位以下は「死」と書くと定められているが、人麻呂の場合は「死」と書かれていること
人麻呂は以前は高級官僚だったが、政争に巻き込まれ、皇族の怒りを買って刑死した、または変名させられたという説もあります。
人麻呂の死没場所についても諸説あり、最も有力な説としては石見国、現在の島根県益田市とされています。都があった奈良ではなく、遠く離れた島根県で亡くなったのも、流罪になったからだという
見解もあります。
暗号が書かれたとされる歌とは?
暗号が書かれていると言われている歌は、「いろは歌」です。
いろは歌とは、すべての仮名を重複せずに使って作られた文のことです。現在でも諳んじることができる人も多いのではないでしょうか。
「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす」
「色はにほへど(匂へど) 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず」
という歌です。
この歌の作者は諸説あり、現時点では不明とされています。
しかし、暗号が書かれているという説に基づくと、柿本人麻呂または源高明がつくったとする向きもあります。
歌に隠された暗号とは?
では、そのいろは歌に隠された暗号とは一体どのようなものなのでしょうか。
いろは歌は七五調で書かれていますが、『金光明最勝王経音義』などの古文献の一部では、七文字毎に区切って書かれていることもあります。
そうすると、
いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむういのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
となります。
ここからさらに一番右(七文字目)だけを読むと、「とかなくてしす=咎(罪)無くて死す」となります。同じく五文字目だけを読むと、「ほをつのこめ=本を津の小女」となります。
つまり、「私は無実の罪で殺される。この本を津の妻に届けてくれ」という意味が込められているというのです。
事の真偽は!?
詩人の篠原央憲氏はこれを用い、箸書「いろは歌の謎」で、これは柿本人麻呂の暗号による遺書だとしました。
無実の罪で殺される前に、仮名47文字で素晴らしい歌を作り、さらにはこのような暗号を織り込むことができた天才歌人は、柿本人麻呂の他にいないと篠原氏は言います。
しかし、いろは歌は、柿本人麻呂が生きた時代よりさらに数百年が経った10世紀末~11世紀中ごろに作られたとされ、時代が違うとともに、国語学者である小松英雄氏はその著書「いろはうた」で、「(篠原氏の論は)日本語史の専門家にとっては、一笑に付すべき妄想である」と酷評しており、この篠原氏の暗号説は付会(こじつけ)の域を出ないとされています。