山縣有朋は実は嫌われ者!?

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明治・大正時代の「悪役」・山縣有朋。藩閥・軍閥のリーダーとして、政党政治の抑圧者として、さらには太平洋戦争にもつながる陸軍暴走の遠因を作った人物として、明治・大正期の「負」の象徴とされてきた山縣は、当時から国民に大変嫌われていたといわれています。

なぜ山縣は嫌われてしまったのでしょうか。

国民なしの「国葬」

1922年2月1日、山縣有朋は83歳で死去、その8日後である2月9日には国葬が執り行われました。

しかし、その様子は同年1月10日に同じく83歳で死去し、約30万人の一般市民が参列した大隈重信の「国民葬」ともよばれる葬儀とは大きく異なっていたと伝えられています。

「まるで官葬か軍葬」「民抜きの国葬で、幄舎の中はガランドウの寂しさ」と表現された山縣の国葬には、陸軍や警察・内務省の関係者がほとんどで、一般の参加者はほとんどいなかったそうです。

新聞記者だった石橋湛山が「死もまた、社会奉仕」とまで述べていることからも、当時の人たちが山縣有朋をどれほど嫌っていたかが伝わってきます。

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自由民権運動の弾圧

なぜ、山縣はこれほどまでに嫌われてしまったのでしょうか。理由の一つとして、山縣が自由民権運動を弾圧し、政党政治を嫌ったことが挙げられています。

山縣は1889年、長州出身の軍人として初めて内閣総理大臣に就任します。そこで山縣は超然主義をとることを宣言します。

超然主義とは「超然として独自の立場を貫く主義」のことで、政党の存在や主張を無視し、その考えに制約されることなく行動することを指します。

明治初期において超然主義をとった内閣は決して珍しくなく、薩摩藩出身で、第2代内閣総理大臣である黒田清隆のときにはすでに超然主義を宣言しています。

しかし、その後伊藤博文が立憲政友会を創設するなど政党への歩み寄りを見せましたが、これを山縣は否定し、ふたたび超然主義をとることとしたのです。

山縣は立憲改進党を作った大隈重信が随分嫌いで、自宅から大隈が設立した早稲田大学が見えることさえ嫌がっていたとか。

このことも逆に大隈人気に火をつけ、あの対照的な葬儀につながったのかもしれませんね。

お金に関する黒い疑惑

山縣にはお金に関する黒い疑惑がいくつかあります。そのもっとも有名な事件が日本初の汚職事件である山城屋事件です。

この事件は陸軍の御用商人・山城屋和助が公金から総額65万円を借金したものの、それを返済することができなくなり、割腹自殺をしたというもので、その裏で山縣が一枚かんでいたとされています。

維新の三傑と呼ばれた西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通が亡くなったのちに、元老として絶大な権力を握った山縣が、当時の国家予算の1%にも及ぶ公金の動きを知らなかったとは考えにくく、なんらかの形で関わっていたと考えるのが普通でしょう。

また、山城屋の自殺の直前にその返済を迫ったのも山縣であり、自殺後関係帳簿や長州系軍人の借金証文なども焼き払われていることも、山縣への疑惑を強める結果となっています。

他にも山縣は趣味の庭造りに没頭したあげく、資金をつぎ込み、しまいには皇室から預かっていた資金まで流出させたとかいう話もあります。

同じく不人気であった大久保利通は国のために私費を投じ、死後8000円もの借金があったといいますが、それと比べると随分対照的です。

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山縣有朋は愚直で優しい人物?

他にも、明治天皇は山縣を信用しておらず、相談は桂太郎にしていたとか、大正天皇は山縣を早く帰させるためまわりにあるものを次々に与えたとか、大逆事件で嘘をでっちあげ幸徳秋水らを処刑したとか、自分の息のかかった長州閥ばかりを優遇したとか、権力が大好きだったとか、山縣有朋が嫌われていた理由は探せば探すほど出てきます。

しまいには、裕仁親王(のちの昭和天皇)の婚約にまで口をはさんでくる始末。

これが原因で山縣は事実上政界を引退することとなり、山縣不人気を決定づけることとなりました。

しかし、近年ではこうした山縣有朋像が見直されてきているようです。

ただただ「陰湿」とされてきた山縣の性格も、「愚直」「優しい」「生真面目」「几帳面」と評価する動きがあり、京都大学の伊藤之雄氏は『山縣有朋―愚直な権力者の生涯』(文春新書,2009)の中で、山縣を「自分の利害や人気を勘定に入れず、やるべきだと考えることを全力でやる」と評価しています。

確かにもはやすがすがしいほど嫌われているところをみると、山縣の不人気は自分の「人気」を考えていなかったのが最大の原因でしょう。

外交については先見の明があったとされる山縣ですが、彼が政治において行ったことが太平洋戦争につながったことを否定することはできず、今後彼の性格が見直されたとしても「嫌われ者」のレッテルを貼られ続けるものと思われます。

 

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