吉田松陰の妹 文(ふみ)とはどんな人物?

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2015年度の大河ドラマ、花燃ゆは吉田松陰が主人公!ではなく松陰の妹である文(ふみ)が主人公の大河ドラマです。

ヒロインの文を演じるのは、井上真央さんですが、文について知らない人は多いのではないでしょうか。

久坂玄瑞に一度は振られるアレレな15歳

文は1842年、或いは1843年に杉常道・瀧子の娘として生まれます。

杉家は下級武士で26石の薄給だったので、父常道は農業をしながら7名の子供を育てあげました。吉田松陰は1830年生まれですから、兄妹とはいえ13歳も離れています。杉文は、15歳の時に松陰の勧めで、松下村塾の俊才であった久坂玄瑞に嫁ぐ事になるのですが、何と、久坂は一度これを断ります。

久坂玄瑞は、どうして断ったのか?

何か志士として譲れない一線があったのかと思いきや、理由は「ふみの器量が悪いから」でした。そう、久坂は、単純に面喰いだった訳です(笑)

幸せもつかの間、夫は禁門の変で自刃

面喰い者久坂ですが、結果としては師匠、松陰の勧めを受け入れて文を妻にして祝言を挙げます。久坂玄瑞18歳、文は15歳でした。

しかし、結婚の二年後には兄松陰が安政の大獄で捕えられ処刑、夫の久坂玄瑞も、尊王攘夷運動に身を投じて戦い、1863年、禁門の変で久坂は敗れ、自刃して果てます。

二人の結婚生活はたった6年間に過ぎませんでした。

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文、再婚、相手は何と姉の夫

久坂の死後、文は未亡人として過ごしていましたが、39歳の時に、姉の夫であった楫取素彦(かとりもとひこ)と再婚しています。

楫取素彦は松陰とも交遊があり、その縁で文の姉を嫁にしていましたが、死別してしまっていたのです。

最初は、再婚に消極的で色よい返事をしなかった文ですが、「久坂の手紙を持って嫁いでいいなら、再婚してもいい」という要望を伝えます。当時55歳だった楫取素彦は、これを受け入れて二人は夫婦になりました。

久坂からの手紙は、この一通だけだったようで文は大事にしていたのでしょう。たった6年間とはいえ、二人の間には確かな愛が芽生えていたのかも知れません。そして、それを受け入れた楫取素彦も人間の器が大きい人ですね。

By: ume-y

子供は居なかったけれど幼児教育に尽力した生涯

文は、二度の結婚を通じても、子供には恵まれませんでした。しかし、毛利家の若君の教育係を担い、山口防府の幼稚園の開園にも関わったとも言われています。学者だった兄松陰にも負けず劣らず文も学問や教育に造詣が深かったのです。

再婚相手である楫取素彦は、1912年に83歳で死去します。

文はその後も9年以上生きて1921年に死去、亨年79歳でした。

謎が多い、文の生涯がどう描かれるのかが楽しみ

文の人生には謎が多く、八重の桜の新島八重のようにストーリー造りに苦労しそうな感じではあります。それだけに、どんなドラマが展開されるのか楽しみですね。

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