北政所と淀殿 互いの胸中は複雑だったのか?戦国女性の女心を考察

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豊臣秀吉の正室で生涯子をなさなかった北政所と、秀吉の後継ぎ秀頼を産み育てた側室・淀殿(淀の方)。

この2人の間にはやはり、お互いに対して否定的な感情や、嫉妬心があったのでしょうか。

現代とは全く違う夫婦関係を生きた戦国女性の女心を、及ばずながら少し想像してみたいと思います。

秀吉は正室の北政所に一目置いていた

北政所こと豊臣秀吉正室、高台院(名はねね、おねとも)。

女好きだった秀吉は多数の側室を作りましたが、正室の北政所のことは大切にしていたようです。

寵愛していた淀殿や京極龍子らを戦地へ招く時も、北政所を通して呼ぶなど気を遣っています。

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一時は嫉妬に揺れたこともあった?若き日のねねの女心

そんな北政所にも、夫の女性関係に悩み、悋気(嫉妬)を起こした時期はあったようです。1576年頃、当時秀吉の主君だった織田信長から、「いかようにも上様なりに重々しく、悋気などに立ち入り候ては、然るべからず云々」(奥方らしく重々しく振る舞いなさい。やきもちなどを焼いてはよくないですよ)と諭されている手紙が残っています。

それは秀吉がまだ羽柴姓を名乗っていた時代で、長浜城を預かり城持ち大名になった頃のことでした。出世した秀吉はこの頃から、複数の側室を持つようになります。

この長浜城主時代に最初の男児:石松丸秀勝が生まれたとも言われ、実子を持てなかったねね(後の北政所)も、その時はもしかしたら少し苦しい立場だったのかもしれません。

淀殿が秀吉と関係を結んだ頃の北政所

しかし、淀殿が秀吉の側室となった頃の北政所は、関白、後の太閤豊臣秀吉の正室として朝廷から位階も与えられ、豊臣家での立場をすっかり確実なものにしていました。長浜城主夫人になったばかりの頃とは違い、秀吉の小姓衆や養子達の母代わりとしても経験を積み、女性としてまた母としての自信もついていたのではないでしょうか。

年齢的にも、当時からみて男女の関わりが一番の関心事という年頃は、少し過ぎているような気がします。(注:淀殿が最初の男児鶴松を産んだ年の北政所の年齢は42歳位と推定されている)

実際、同時代の史料からは、2人の対立や不協和音を示す記述を読み取ることはできません。もちろん誰しも、記録に残っていない人の心の奥底は計り知れませんが・・・。

淀殿の視点から考えた2人の関係

それでは淀殿にとってこの関係はどうだったのでしょうか。正直、私には想像もつかないのですが、少し気持ちに複雑なものはあったかもしれません。

彼女は生まれながらの大名の息女であり、北政所は淀殿にとって伯父の家臣(しかも身分は高くない)の娘にあたります。

立場が逆転していると言ってもよく、そこだけを考えれば、少なくとも進んで喜ぶような状況ではなかったでしょうね。

しかし、彼女は2度の落城を経験してきた身。そうした戦国の浮き沈みを、受け入れなければ生きてはいけないことを身に沁みて知っていたのではないでしょうか。

それを思うと、淀殿が北政所に競争心や険悪な感情を抱くというのは、私には何となく不自然に思えます。だから、史料に諍いの記録が残っていないのも受け入れられるように思いますが、皆様はいかがでしょうか。

秀吉に実子ができた影響で、北政所も寂しさを感じたかも?

ただ、2人の夫:秀吉は大変子煩悩な人だったため、鶴松や秀頼が生まれてからは子どもにばかり関心が向き、子どもと一緒にいる時間も多かったようです。

生母の淀殿と3人で過ごすことも増えたでしょうから、その点では、北政所は今までにない一抹の寂しさをかみしめていたのかもしれません。

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秀吉没後は、それぞれの役割を生き豊臣家を支えた2人

秀吉が亡くなった後、北政所はほどなく大坂城から京都に移り住み、もっぱら夫の供養に勤しみます。これは、当時の未亡人の代表的な役割・職務だったと言って良いでしょう。

淀殿はまだ幼い秀頼(5歳)の生母(御袋様)として大坂城に残り、子の後見に務めました。

これは、老齢の当主が亡くなり幼い子どもが家督を継いだ豊臣家の女性として、理想的な役割分担だったのではないでしょうか?

こうして見ると、2人の不仲説はやはり、現代人の視点からの想像が大きく働いた結果ではないかと思えてきます。

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ナカガワ マスミ

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投稿者プロフィール

戦国時代から昭和史まで、歴史には幅広く興味を持ち、色々調べ出したら止まりません。
合戦の話も好きですが、文化史が特に好き。そういう意味では平安中~後期も愛していますね。
皆様にも是非「歴史って面白いんだ!」と思って頂きたいと思いながら、記事を書いています。応援よろしくお願いします。

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