森鴎外の子供の名前は「キラキラネーム」だった!? その由来に迫る

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近頃「キラキラネーム」というのが流行っていますね。

「黄熊」と書いて「ぷぅ」だとか、「泡姫」と書いて「アリエル」だとか「苺愛」と書いて「べりーあ」とか「皇帝(シーザー)」とか。

そんなイマドキのキラキラネームもびっくりの!?名前を子どもにつけたのが、明治・大正時代の小説家であり、陸軍軍医としても活躍した森鴎外。

陸軍時代に陸軍省派遣留学生としてドイツに留学していた経験もある彼はいったい子どもにどのような名前をつけたのでしょうか?

鴎外の子どもたちの名前

森鴎外の子どもは夭折した次男を合わせると、3男2女の計5人いました。

それぞれの名前は長男が於菟(おと)、長女・茉莉(まり)、次女・杏奴(あんぬ)、次男・不律(ふりつ)、三男・類(るい)と言います。

茉莉と類は今でこそ普通ですが、その二人を含めてみんな当時としては珍しい名前だったのではないでしょうか。

長男の名前は特にルビがふっていないと読めないですよね。う~ん、まさしくキラキラネームですね。

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子どもたちの名前の由来について

いったいどうして鴎外はそのような一風変わった名前を子どもたちにつけたのでしょうか。

それは自身のドイツ留学経験からきているそうです。鴎外の本名は林太郎(りんたろう)。そのりんたろうという発音が外国人には発音しにくいものだった為、子どもの名前は世界に通用するものにしようと思ったらしいのです。

特にフランス語やドイツ語でも読めるようにと考えたそうです。

長男・於菟はOtto(オットー、アンネフランクの父親の名前と同じ)に通じます。また寅年に生まれたことから、中国の古書『左伝』から虎を意味する「於菟」とつけられたそうです。

長女・茉莉はMarry(マリー)から。次女・杏奴はAnne(アンヌ)から、次男・不律はFritz(フリッツ)、三男はLuis(ルイ)に通じるようにつけられました。

当時から国際感覚豊かでエリートだった鴎外らしい命名の仕方ですが、やはり当時としては珍しく変わっていたみたいですね。

子どもたちの経歴

そんな国際的な名前をつけられた子どもたちはどのような人生を歩んだのでしょうか。簡単に経歴を紹介していきます。

長男:於菟

於菟は、兄弟の中で唯一、鴎外の先妻の子でした。12歳で義母で妹弟の母である志げと同居しますが、あまり義母にかわいがられずに育ちました。長じてからは東京帝国大学の医学助教授を経て、1945年までは台北帝国大学(現:台湾大学)の医学部教授を務めました。戦後は台湾大学医学部長、東邦大学医学部長などを歴任しました。医学書などの他に父・森鴎外の回想録なども記しています。於菟の子のうち、長男と次男は鴎外によって、真章(まくす・Max)と富(とむ・Tom)と名付けられたそうです。

長女:茉莉

茉莉は鴎外に溺愛されて育ちました。16歳まで父親の膝に座っていたそうです。50代でエッセイストとしてデビューし、日本エッセイストクラブ賞、泉鏡花文学賞、田村俊子賞などを受賞しました。茉莉の長男も鴎外によって爵(じゃく・Jacques)と名付けられたそうです。

次男:不律

不律は生後まもなく百日咳にかかり夭折してしまいます。その死は、百日咳で苦しむ不律の姿を見た祖母・峰(鴎外の母)が不憫に思い、医師に頼んで安楽死させたからだということが茉莉や杏奴の著書に書かれています。

次女:杏奴

杏奴は画家・エッセイストとして活躍しました。そのデビューは姉・茉莉よりも早く、兄・於菟に次いで二番目に父・鴎外についての回想録を書いています。杏奴の遺品からは父・鴎外の書簡100余通が発見されたそうです。家庭内の暴露本を出版した弟・類とは絶縁し、生涯関係が回復することはなかったそうです。

三男:類

類は13歳から絵画を始め、20歳の時に姉・杏奴とともにパリに留学しています。40歳の頃、鴎外邸の一角に本屋を開店し、画業を断念します。45歳の時に森家のことを赤裸々に書いた「鴎外の子供たち」を発表しました。

これが元で兄姉と疎遠になってしまいます。1966年、55歳の時に書いた「柿・栗・筍」は芥川賞予選作品に推されましたが、芥川賞候補にはなりませんでした。

このように、鴎外の子どもたちすべてが著作を持ち、多かれ少なかれ有名人となりました。孫に至っても、北海道大学教授や早稲田大学教授などエリートとして活躍した人物がたくさんいました。豊かな国際感覚とともに色んな方面で活躍した鴎外の遺伝子は色濃く受け継がれていったと言っても過言ではないと思います。

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Sakura

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投稿者プロフィール

天智天皇~称徳天皇朝が好きな一児の歴女ママです。
夢は奈良の明日香村付近に住んで、その時代の古墳やゆかりの地巡りを満喫したいなと思っています。
皆さんに読みやすく、そして分かりやすく面白い文章をお届けしたいです。

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