前田慶次の愛馬松風のサイズは実はポニー!?

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「天下無双のカブキ者」と評される前田慶次。そんな慶次の愛馬として知られているのが松風です。

松風とはどんな馬だったのでしょうか。

慶次と松風の出会い

慶次が松風を愛馬とするきっかけとなったエピソードは、慶次の「カブキ」っぷりをよくあらわしています。

前田慶次は「加賀百万石」といわれた加賀藩主・前田利家の兄によって育てられました。日ごろから世間や他人を小馬鹿にするところがあった慶次は、度々利家に注意を受けていたといいます。

慶次はある日「これからは心を入れ替え、まじめな人間になりたいと思います。ついては粗茶一服差し上げたく何日の何の刻、私宅にお出でをお待ち申し上げます」と利家に申し出ます。遂に改心してくれたかと利家も喜び、慶次の家を訪れました。

すると慶次が「今日は寒かったので、茶の前にお風呂はどうでしょうか」というので、それはいい考えだと湯船に浸かると、それは氷のような冷や水だったのです。

利家は激怒し、供に慶次を連れてくるように命じましたが、すでに馬に乗って逃げた後でした。

この馬というのが松風です。

しかしながら、このエピソードは江戸時代後期の随筆集『翁草』にあるもので、信憑性は低いと考えられているようです。

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松風は巨馬?

漫画『花の慶次』では黒毛で紫色の目をもち、人を軽く踏み殺せるほどの巨体で描かれていますが、実際はどのような馬だったのでしょうか。

江戸時代前期に書かれた軍記物『武辺咄聞書』や室鳩巣の随筆『可観小説』に、松風があまりに「見事なる馬」なので、人々は立ち止り誰の馬かと評判になったという逸話が紹介されています。

また、戦国武将の逸話集『常山紀談』には、「ふとくたくましき馬」だったとあり、イメージとしては『花の慶次』の松風に遠くない気がします。

しかしながらそのサイズについては、上杉氏の軍学書『北越軍談』には高さ四尺七寸(約141㎝)とあり、現在私たちが競馬などで目にするサラブレッドは高さが160-170㎝ですので、漫画に描かれたほどの巨体ではなかったようです。

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戦国武将はポニーに乗っていた!?

そもそも戦国時代以前の日本の馬の平均的な高さは四尺(約120㎝)ですので、141㎝あれば十分大きいと形容されたものと考えられます。

ちなみにポニーが高さ147㎝以下の馬ですので、雰囲気としてはポニーだったわけです。

ポニーに乗って戦場を颯爽と駆け抜け、敵をばっさばっさとなぎ倒す。。。というのはちょっと想像できませんね。

今もその姿をとどめる在来馬

明治以降、欧米から西洋馬が輸入され、日本馬との交配により高さの高い馬が生まれるようになりました。

しかし、現在も当時の姿をとどめる在来馬が日本には8種残っています。

道産子(北海道)、木曽馬(長野)、御崎馬(宮崎)、対州馬(長崎)、野間馬(愛媛)、トカラ馬(鹿児島)、宮古馬(沖縄)、与那国馬(沖縄)がそれです。

これらの馬はどれも110㎝から135㎝くらいしかなく、ポニーに分類されています。

ずんぐり体型で頭が大きく、丈夫な体をもち骨・蹄が堅いところが特徴です。

そう考えると松風に限らず、時代劇で戦場を駆ける馬はすべてポニーであるべきですが、それでは正直格好がつかないですし、格好いい戦闘シーンが興ざめになってしまうかもしれませんね。

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