新撰組のイケメン 土方歳三に妻はいたの?

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多くの女性と浮名を流した新撰組の「鬼の副長」・土方歳三。

自分のモテモテぶりを自慢するため故郷に箱いっぱいの恋文を送ったなんて話も残されていますが、妻はいたのでしょうか?

土方の女性関係

結論から言うと、土方は生涯独身だったといわれています。

もちろん多くの女性と関係をもっていたでしょうから、実は。。。なんて話が出てきても不思議ではありませんが。

土方は文久三年(1863)に縁戚の小島鹿之助に宛てた手紙で「島原にては花君太夫、天神、一元、祇園にてはいわゆる芸妓三人程これあり、北野にて君菊、小楽と申し候舞子、大坂新町にては若鶴太夫、外二三人もこれ有り、北の新地にては沢山にて筆にては尽くし難し」と自慢しています。

ここで一番に名前が挙がっている花君太夫は土佐藩士で坂本龍馬とともに暗殺された中岡慎太郎の馴染みでもあったとか。敵同士の二人に愛されるなんて、なんだかドラマチックです。

北野の君菊との間には女の子が生まれたという話がありますが、幼いうちに死んでしまったそうです。

君菊自身も、土方と別れた後、他の男の元に嫁ぎましたが、早死したといわれています。

そんな土方にも上洛前に許嫁となった琴という女性がいました。琴は戸塚村にある三味線屋の娘で、近所でも評判の美人だったそうです。

しかも、三味線の調律だけでなく演奏もかなりの腕前で、長唄は名取をとっていたほどでした。二人の結婚は土方の兄・為次郎の発案でした。

当時の土方と言ったら奉公に出ていた江戸で女中に手を出し妊娠させたりしていましたので、嫁でもめとらせて落ち着かせようという考えだったのでしょう。

そのためか土方自身は乗り気ではなかったそうで、盛り上がる兄に「この天下多事の際、何か一事業を遂げて名を挙げたい。

よって、なおしばらくは、私を自由の身にしておいてくれ」と言ったとか。

これにより琴は土方の許嫁となったのですが、当の土方は上で触れたように京でモテモテの日々。

それでも琴は独身のまま土方を待っていたと伝えられています。

手紙には出てきませんが、吉原にある火炎玉屋の黛太夫が馴染みだったという話もあります。

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結婚しない主義?

司馬遼太郎氏は『燃えよ剣』の中で「この男の恋は猫に似ている」と土方の恋について表現しています。寂しい時には寄ってくるけど、用がない時には見向きもしない、ということでしょうか。土方は屯所に寝泊りして、時折こっそりと会いに行くタイプだったそうです。

にしても多くの女性と関係をもちながら、子どもの記録が一人だけとは(妊娠でみれば奉公先でのこともあるので2人でしょうか)、なんだか豊臣秀吉を思い出してしまいます。

しかしながら土方の場合、厳重に注意して避妊していたのかもしれません。若い頃から女性に困らなかった土方ですから、子どもがうまれて家庭に落ち着くなんて考えられなかったのではないでしょうか。

また、憧れだった武士として、新撰組の「鬼の副長」として、厳しい隊則を隊士たちに守らせる役割を担っていた土方にとって、女性との関係はその場限りで十分だったのかもしれません。

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