奥州藤原氏と藤原道長 両者の関係は?

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奥州藤原氏と藤原道長は、同じ「藤原」ですが、両者に何か関係はあるのでしょうか。

藤原道長が活躍したのは1000年前後、奥州藤原氏が活躍したのは1087年~1189年ですので、両者の間には約90年の差があります。

今回は両者の関係と、藤原道長の一族と奥州藤原氏のそれぞれの歴史について紐解きます。

奥州藤原氏と藤原道長の関係は?

奥州藤原氏は、平安時代の末期に、平泉を中心に東北地方を支配した豪族で初代の清衡から基衡、秀衡、泰衡と四代続く一族の事を指します。

奥州藤原氏は、天慶の乱を鎮めた藤原秀郷の子孫を称していました。

なぜ、「称して」いたとされるのかですが、当時の武士は自身の家系に箔をつけるために家系図に手を加えることがあり、また没落した一部の藤原氏が自身の戸籍を他者に売り渡すこともよくあったからです。

奥州藤原氏の場合も、正しい家系と認識されているのは初代の清衡からと言われてます。

ちなみに、奥州藤原氏の子孫とされる藤原秀郷は、藤原北家(右大臣藤原不比等の次男藤原房前を祖とする家系。藤原四家の一つ。)の傍流にあたる人物です。

藤原道長は、藤原北家の嫡流の家系出身ですので、家系図が正しければ両者は遠い親戚ということになります。

近年、『造興福寺記』内に、奥州藤原氏の初代・清衡の父・経清の名が発見されました。

この書物は、藤原氏の氏寺である興福寺を再建するため、京都の藤原氏が一族に寄進を命じ、それに応じた者の氏名などを記載したものです。

これより、京都の藤原氏から奥州藤原氏は、藤原一族であると認識されていたのではないか、と現在は考えられています。

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藤原道長の一族の歴史について

藤原道長は、摂政を務めていた藤原兼家の5男として生まれます。

さらに、道長の上には道隆、道兼という有能な兄が2人もいたので、出世は望めない環境でした。

ところが、兄が二人が相次いで病死し、兄の息子(道長からみると甥)との政争にも勝ち、道長は藤原氏の頂点に立ちます。

その後、娘を天皇に嫁がせ、次々と3人の天皇の外祖父となり、摂関政治を始めます。

健康面に不安を抱えていた道長は、1年ほどで嫡子の頼通に摂政を譲り、その後は政治からは退いた形をとります。

晩年の道長は、病に伏せることが多く、念仏を唱える毎日を送っていたようです。

息子の頼通は、父の死後も関白を務め、絢爛豪華な平等院鳳凰堂を建立します。

しかし、頼道が天皇に嫁がせた娘には皇子が産まれませんでした。

頼道は天皇の外祖父にはなれず、次第に藤原摂関家の力は衰えていきます。

その後、摂関政治から、院政、そして武士の台頭へと時代は移っていきます。

By: ajari

奥州藤原氏の一族の歴史について

奥州藤原氏の初代・清衡は7歳の時に、戦で父を亡くしています。

当時の戦では、負けた武将の嫡男は処刑される運命でしたが、母親が敵方の長男と再婚することになり、清衡は連れ子として引き取られました。

その後、母が生んだ異父弟・家衡と間に軋轢が生じ、弟の家衡から襲撃を受け、妻子や家来などを皆殺しにされます。

難を逃れた清衡は当時、陸奥守を務めていた源義家に助けを求め、協力して弟である家衡を滅ぼしました。(後三年の役)

その後、清衡は実父の姓である藤原を名乗り、奥州藤原氏の祖となります。

平泉に中尊寺を建立したのも清衡です。

清衡は、幼いことの経験からか、浄土思想により新しい国つくりをしようと考えていました。

二代基衡は清衡の息子にあたります。

基衡は亡き父である清衡の教えを守り、極楽浄土をイメージした毛越寺を建立し、浄土思想の一層の普及に尽くします。

また、勢力を現在の福島県下あたりまで拡大させています。

三代秀衡の時代になると、奥州藤原氏は莫大な経済力と、17万騎にもなる巨大な武士団を持ち、最も栄華を極めました。

同じころ、平家を滅ぼし勢力を拡大していた源頼朝は、東北地方を支配していた奥州藤原氏を警戒し始めます。

秀衡は源頼朝と対立し追われていた源義経を匿い、「源義経を大将軍として国を治めるように」と遺言し、亡くなります。

ですが、四代泰衡は、父・秀衡の遺言には従わず、匿っていた源義経を自害へと追いやり、源頼朝に義経の首を差し出してしまいます。

源頼朝は、弟の源義経を許可なく討伐したという理由で、奥州に兵を進め、奥州藤原氏を滅ぼしてしまいます。(奥州合戦)

ちなみに、源頼朝は初代の清衡を助けた源義家の曾孫にあたる人物です。

源頼朝は後に、征夷大将軍に任ぜられ、鎌倉幕府が成立します。

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