立身出世の代名詞! 太閤秀吉の兜に込められた意味とは

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豊臣秀吉と言えば、百姓出身の足軽から天下人になったという、スゴイ経歴の持ち主です。

他の武将とも違い、生まれ持っての身分や領土もないのにかかわらず、己の裁量だけで戦乱の世を登りつめた、その秀吉マインドは、現代でも多くの人の憧れです。

今回は、そんな豊臣秀吉の兜について、書いてみたいと思います。

まるで後光?『一の谷馬蘭後立付兜』

豊臣秀吉所用の「一の谷馬蘭後立付兜」は、まるで後光が射したかのような、朝日が昇るような、特徴的なデザインの非常に目立つ立物です。

「一の谷」形とは、峻険な崖として有名な摂津国の一の谷を表し、「馬蘭」とは、菖蒲という植物の一種で、その葉を形どったものです。

「菖蒲」(しょうぶ)の音が「勝負」に繋がることから、戦いにおいて縁起物とされました。

現代でも、男児の逞しい成長を祈る五月五日の端午の節句に菖蒲湯に入る習わしが残っていますね。

漆黒の艶を放つ黒漆塗の馬蘭を二十九本高くあしらい威厳を漂わせたこの兜は、大阪城天守閣で見ることができます。

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他にもいろいろ残っている「秀吉所用」

豊臣秀吉の兜といえばまずこの一の谷馬蘭を思い浮かべるのですが、実はこの兜は九州攻めの時に功績を上げた、蒲生氏郷の家臣・西村重就に褒美として与えたものと言われています。

ほかにも、秀吉所用と伝わる変わり兜はいくつか残っています。

秀吉が小田原の役で着用し、その後伊達政宗が拝領したと言われる、「銀箔押矢筈頭伊予札白糸素懸威丸胴具足」に添う『熊毛植団扇兜』(仙台博物館蔵)は、前後に金箔押の軍配を立物としています。

思わず(軍配持たなくて済むように付けっちゃったのかな・・・)なんて、想像してしまいそうなデザインです。

また、秀吉の正室、北政所に養育された木下利次を祖とする木下家に伝わる「金小札色々威胴具足」に添う変わり兜があります。

こちらは僧侶がかぶる帽子(もうす)形、鉄で作った表面に銀箔を施し後立には法具の払子を表現したフサフサしたものが付けられています。(京都妙法院蔵)

派手好き、とも言われる秀吉らしい奇抜な意匠が、足軽の身分から天下人まで成り上がることができた稀有な武将の、一筋縄ではいかない生き様を物語っているようです。

秀吉の目線を共有した兜たち

秀吉と同じ目線で、あまたの戦を潜り抜け、多くの人々を見続けてきたこれらの兜。

秀吉の目から見た天下は、どんなものだったのでしょうか。

それはこれら兜だけが知っているのかもしれません。

時代の流れと共に、さまざまな人の手を介し、現在の位置にいる遺品たちは、戦国のロマンを静かに伝え続けてくれています。

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北村美佳子

北村美佳子

投稿者プロフィール

いにしえに想いを馳せて、一人涙し、一人ニヤつく。そんな日本史をこよなく愛するライター。重度の活字中毒でもある。愛読書は梅原猛氏の本。
日本史が好き過ぎて、記事を書きながら悶絶することも多々あるけれど、いくつになっても好きなものは好きだと言える女でいたい、そう願って邁進中であります。

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