Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

徳川家康は松平元康から、何故改名をした!? 家康の家の字は誰からもらった?

Sponsored Links

戦国時代の武将はよく名前を変えます。

読んでいる本によって名前が違ったり名字が違ったりとなんとも混乱してしまいます。

徳川家康も例外ではなく、彼は元服してから名前3回名字を1回変えています。

一体どうしてそんな事をしたのでしょうか。

その謎に迫りたいと思います。

「康」は祖父の名前から取った

徳川家康は幼名を竹千代と言い、元服して松平元信と名乗ります。

竹千代は最初織田家の人質として過ごしていましたが、織田氏と今川氏の人質交換によって今川氏に送られていました。

その間に元服した為、主君である今川義元の名前を一字もらって元信と名乗ったのです。

その後、義元の娘である築山殿を正室に迎えると今度は松平元康と名乗ります。

結婚をきっかけに名前も改めたのですね。康の字は弱小豪族だった松平家を中興した祖父の松平清康から取ったと言われています。

しかし、これにはもう一つ説があって、主君であり、義父にもなった今川義元に配慮して、敵対する織田信長の信を捨てたのだとも言われています。

婿とは言っても人質ですから、気を遣う生活には変わりなかったのでしょうね。

永禄3年(1560年)桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれると、松平元康は今川氏の混乱をついて岡崎城に入城し、今川氏真(義元の子)と決別します。

そして、信長との間に結ばれたのが清洲同盟ですが、この時に義元から貰った元の字を捨てて、元康から家康へと改名します。

名前を変える事で今川氏との決別を表明したわけです。

Sponsored Links

松平姓から徳川姓へ異例の改姓!

永禄7年(1564年)松平家康は三河の国を事実上支配しました。

そこで、朝廷に三河の領主である事を認めてもらって、それに相応しい官位をもらおうと考えたのですが、一つの問題がありました。

松平氏は祖父:清康の代から自分達は由緒のある清和源氏の血筋であると自称していましたが、正親町天皇より松平家の先祖に三河守になった前例はないと拒否されてしまったのです。

要するに家柄が低いからだめという返答です。そこで一計を案じた家康は、近衛前久という公家に相談します。

近衛前久は松平氏の先祖が得川氏と名乗った文献があること、また、この得川氏が藤原姓を名乗ったことがあることなどを上申します。松平氏が身分の低い豪族だから官位を与えられないと言うのであれば、貴族の藤原氏の子孫として官位をもらうに相応しいという主張です。

しかも、彼は「家康個人だけが徳川に復姓する」という無茶ぶりを押し通そうとしました。近衛前久の信任か弁論の上手さか、この意見は認められて永禄9年(1566年)家康は従五位下三河守に叙任されるとともに徳川に改姓しました。

ここからは名前を変える事はなく、私達に馴染みの深い徳川家康として歴史に関わってきます。

家康の「家」は誰の家?

家康の康の字、そして徳川のルーツは分かりました。でも、家康の「家」はどこから取った文字なのでしょう。

その人物は八幡太郎義家として知られる源義家だったと言われています。八幡太郎義家は源頼朝の祖父にあたり、平安時代に活躍した武士です。

武勇で知られるだけでなく、自分と一緒に戦った武士達に自分の所領を分け与えるなど、公平で人徳に厚い人物として知られています。家康はこの八幡太郎義家を尊敬していたそうです。なので義家の家を取って家康を名乗ったのです。

主君の顔色を伺ってではなく、尊敬する武将の名前を付けられたのですから家康も嬉しかったのではないでしょうか。

また、家の字を頂く以上自分も義家のような武勇にも人徳にも厚い武将になろうという志もあったかもしれません。
600431bb41dcb5ba79d510d7fe84d965_s

名前に込められた家康の思い

松平元信から松平元康、そして徳川家康へ。

激動の人生と共に名前も変えてきた徳川家康。

現代の感覚ではあまり考えられないですが、最後に選んだ徳川家康の名前からは、尊敬するご先祖様のように生きたいという家康の思いが伝わってくるようですね。

Mana

投稿者プロフィール

歴史が好き!!の勢いで突っ走る歴史オタクのライターです。
その時代に生きた人々の文化や偉人達の人間味あふれるエピソードに興味津々。鎌倉や京都、全国の史跡を訪ねつつ温泉や美味しい物を楽しむのが何よりの幸せです。
歴史のオモシロ話を読みやすい文章でお届けできるように頑張ります。

この著者の最新の記事

関連記事

ページ上部へ戻る