軍師竹中半兵衛の死因は?天下人秀吉の前半生を支えた天才の最期

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現代とは違って昔の人の場合、その死因は時にあいまいな形で伝わっています。

竹中半兵衛重治もそのひとりです。竹中半兵衛は豊臣秀吉が木下秀吉~羽柴秀吉と名乗っていた時代に、その活躍を支えていた智将でした。

秀吉の天下取りを支えた切れ者軍師:黒田官兵衛孝高と並び称され、二兵衛とか両兵衛などとセットで扱われることもあるいわば軍師の代表格的存在です。

ですが、彼は秀吉が天下取りに向かう直前、36歳の若さで急死してしまうのです。いったい何が原因だったのでしょう。彼の死因は何だったのでしょうか。

「陣中で死ぬこそ武士の本望」だった軍師半兵衛

天正6年(1577年)のこと。その頃、主君織田信長から毛利攻め(中国地方制圧)を命じられていた羽柴秀吉は、地元武将である黒田官兵衛の仲介を足がかりとして、播磨国(兵庫県)をその拠点として活動していました。

一時は播州全域を支配下においていた秀吉ですが、この年、三木城主別所長治が織田家に叛旗をひるがえし、毛利方に寝返ります。

(旧暦)3月末、別所長治と彼に同調した国人領主たち(国衆)は三木城に籠城、秀吉を将とする織田軍は三木城の包囲戦を開始。この戦いに竹中半兵衛も秀吉の下で参戦し、勝利を掴むための戦略として兵糧攻めを進言したとされます。

秀吉はその策を採用したとみえ、戦いは三木城への糧食搬入を絶つべく周囲の支城を攻略するという、長期戦の様相を呈しました。

翌天正7年(1578年)4月、まだまだ三木城攻めも道半ばという時に、半兵衛は体調を崩して病に臥し、秀吉から京での療養を勧められます。

半兵衛も一旦はその勧告を了承して退いたものの、自分の命がもう長くはないと悟って再び陣中に入り、6月13日、36年の短い生涯を閉じることになります。

京から彼が戻ってきた際に秀吉が「しっかり養生せよ」と更なる休息を命じたものの、「陣中で死ぬことこそ武士の本望」と答えた半兵衛は肯んじませんでした。

どうやら彼は軍略の才を買われていた智将でありながら、一本筋の通った武人の魂をも持つ人だったようですね。

でも、惜しいことに結局早死にしてしまいました。若くして亡くなった半兵衛の死因となったその病気とは、一体どんなものだったのでしょう。

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もともと病弱だった?竹中半兵衛の死因は労咳説

竹中半兵衛の命を36歳という若さで奪った病魔は、おそらく労咳、今でいう結核であっただろうと言われます。

いわゆる胸の病と呼ばれるものが死因だったことは間違いないようです。肺炎とも言われますが、療養期間の長さを考えると肺結核の方がしっくりくるような気がします。

肺結核で肺が弱っている時に肺炎を併発してしまい、それが死因だったということも考えられますね。

目立った発症が隠しきれない状態になったのは、前述の通り天正7年4月頃だったようですが、発病がいつ頃だったのかを窺わせる史料は残念ながら見つかっていません。

江戸時代末期に書かれた『名将言行録』に「顔かたちは女性のようだ」とあるなど、若いときから色白で線が細く、女性的な容姿の人で病弱だったという説もあります。胸の病からの連想でしょうか?

でも、昔は、沖田総司のように大柄で陽気な剣の達人でも結核に罹ってしまったことで分かるように、実際はあんまり容姿やもともと病弱かどうかなんて、関係ないような気もしますけど。

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もし、竹中半兵衛が長生きしていたら?

惜しいことにこの竹中半兵衛の生涯については史料が少なくて確たることがあまりわからず、その点は大変残念です。

業績に関してさえあまり記録が残っておらず、死因となった病気についても詳細な史料は皆無に等しいのです。

でも、病弱で聡明で短命だったというその人物像はかなりドラマチックな存在ですので、やっぱりもっと色々知りたい人ですよね。

それだけに、竹中半兵衛という人物は、時代小説に取り上げられることが多い題材でもあります。

秀吉が昔から重用していた人物ということで、もし長生きしていたら?という仮想でいろいろ考えてみると、かなり興味深い武将の1人はないでしょうか。

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ナカガワ マスミ

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投稿者プロフィール

戦国時代から昭和史まで、歴史には幅広く興味を持ち、色々調べ出したら止まりません。
合戦の話も好きですが、文化史が特に好き。そういう意味では平安中~後期も愛していますね。
皆様にも是非「歴史って面白いんだ!」と思って頂きたいと思いながら、記事を書いています。応援よろしくお願いします。

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