真田幸村の十文字槍はどこで見られる?

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2015年3月14日から5月17日の間、愛知県の岡崎城・三河武士のやかた家康館というところで、特別展「戦国無双の刀剣展」というのが開催されています。

「戦国無双」というのはコーエーより発売されている戦国アクションゲームで、その中で使われている武器を実際に現代刀匠たちが伝統を守って再現してしまおうというものなのだそうです。

このゲームで中心的キャラクターとして描かれている真田幸村は赤い甲冑に身を包み、十文字槍を持っています。

槍の使い手というイメージの強い幸村ですが、実際に使用していた槍というのはどんなものだったのでしょうか。

「槍働き」で知られる幸村

幸村は「槍働き」と称されたとされています。

「槍働き」とは、槍術に長け、戦功を立てた人のことです。

幸村には信之という兄がいましたので、戦功を上げなければ所領を得ることができない立場にありました。

戦国武将の武器といえば刀というイメージがありますが、戦場においては刀以上に槍の役割は大きく、敵軍に対し最初に槍で勝利をあげた者を「一番槍」といいます。

この「一番槍」になれるかどうかが後の恩賞に大きく関わってくることから、武将たちは時に軍令違反を犯してでも、その名誉を争ったといわれています。

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幸村の「朱槍」

幸村の槍働きを示すエピソードはこれといってないのですが、幸村が槍で活躍していたことは幸村所用の槍が「朱」であったことからうかがい知ることができます。

幸村の愛槍は「十文字槍」というもので、槍の両脇に鎌がついている細身の刀であったといわれています。そしてその柄は「朱」色であったとされているのです。

朱色の武具といえば、武具のすべてを朱色に統一した「赤備え」が思い浮かぶと思いますが、もともと朱色の武具というのは侍の中でも多くの首を上げた者が大名から賜るものでした。

つまり朱色の武具というのは誰でも持つことができるものではなかったということです。

幸村の朱色の槍は、幸村の槍働きでの功績を示すものであるといえるでしょう。

十文字槍はどこで見ることができる?

幸村所用の十文字槍といわれているものが、九度山の真田庵の敷地内にある真田宝物資料館に所蔵され、展示されています。

この槍先は幸村が大坂夏の陣で使用したとされていますが、幸村にとって流刑の地である九度山に残されていることに疑問の声もあるようです。

そもそも夏の陣で家康の本陣に突っ込んだ際に所持していたのは薙刀であるともいわれていますので、九度山にある槍は九度山流刑の際に持ってきたものであるかもしれません。

だとすれば、十文字の朱槍を幸村に与えたのは豊臣秀吉だったかもしれませんね。

十文字槍ではありませんが、幸村の末裔である真田徹氏が所蔵している「直槍(すぐやり)」も現在に伝えられ、残されています。

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