日本で初めて火葬された天皇 持統天皇 その埋葬の経緯とは

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夫の天武天皇とともに近代国家を目指し、藤原京を起点として様々な律令国家の礎を築いた持統天皇。

彼女が日本で火葬された初めての人物と言われますが、どうして持統天皇は火葬されたのでしょうか。

持統天皇以前の埋葬の方法はどうだったのかを見ていきましょう。

初めて「天皇」で火葬された人物

「続日本記」によると、持統天皇は天皇で初めて火葬された人物です。それ以前の天皇は土葬にされていました。一般人も土葬が基本です。

それまでの火葬は疫病などで亡くなった場合の感染防止のためという例があるだけだったとされています。

持統天皇は亡くなる前から自分が死んだら火葬で送ってほしいと周りの者に伝えていました。

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日本で最初の火葬の公式記録

日本で最初に公式に火葬されたのは、文武4年(700年)に亡くなった僧:道昭です。72歳で亡くなり、遺言により火葬されたと「続日本記」に記されています。

道昭は学問僧として唐に渡り、玄奘三蔵(三蔵法師のモデルとなった人物)の弟子となりました。

仏教の開祖である釈迦が火葬されたことから、仏教では亡くなった後は火葬することが基本となりました。

釈迦が火葬になったのは「すべては『空』であるから自分の死後は火葬にせよ」という釈迦の意志に従ったとされています。道昭もその釈迦に倣って火葬を望んだのです。

道昭は天武天皇から勅命を受けて往生院を建立するなど、天皇からも重用されていた国一番の僧でした。その道昭にならい、今度は持統天皇が火葬を望んだのです。

持統天皇の死後の火葬は一般的になった!?

持統天皇が亡くなった702年以降の8世紀には上級の役人・武士・公家にも火葬が広まりました。

しかし、天皇は持統から文武、元正、元明と4代続いて火葬にされましたが、敬虔な仏教徒であった聖武天皇以降は、8代下った淳和天皇の頃までは火葬はされていませんでした。

平安時代以降は皇族、貴族、僧侶、浄土宗門徒などに火葬が広まりましたが、やはり土葬が根強く残っていました。

土葬が根強く残った理由と火葬が一般的になった頃は?

仏教とともに日本では儒教の考え方が広まっていました。その儒教では体を傷つけることは大罪であったことから火葬は忌み嫌われていました。

また、人体を骨と灰だけにする火葬を行うには強い火力が必要であり、燃料代がかかることが火葬の大きな問題点でした。

生活の必需品であった薪を大量に使わなくてはならない火葬よりも、一般市民にとっては土葬の方が安上がりだったのです。

一般的に火葬が広まったのは明治時代になってからのことです。その理由としては人口増加に伴い、土葬用の墓を作るスペースがなくなってきたことや、公衆衛生観念などからです。

また、大正時代には地方自治体が火葬場の建設に積極的になり、土葬よりも火葬の方が安く行えるようになってきました。そういったことから現代では火葬が一般的になり、ほぼ100%の人が火葬されています。

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投稿者プロフィール

天智天皇~称徳天皇朝が好きな一児の歴女ママです。
夢は奈良の明日香村付近に住んで、その時代の古墳やゆかりの地巡りを満喫したいなと思っています。
皆さんに読みやすく、そして分かりやすく面白い文章をお届けしたいです。

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