織田信長と足利義昭 二人の出会いが戦国の世を動かした!

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足利義昭は室町幕府最後の将軍で、第12代将軍足利義晴の子、第13代将軍足利義輝の同母弟として生まれました。

若い頃の義昭は足利将軍家の家督相続者以外の子の慣例に従って出家し、覚慶と名乗っていました。

奈良の興福寺一乗院の門跡にもなっており、このままでいれば高僧として一生を終えていたはずの足利義昭。

しかし、平穏に終わるはずだった彼の人生に大きな変化が起こります。

歴史を動かした二人の出会いについてみていきましょう。

義昭の運命を変えた永禄の変

永禄8年(1565年)5月、第13代将軍であり、義昭の兄の義輝と母の慶寿院が三好長逸、三好政康、岩成友通(三好三人衆と呼ばれます)や松永久秀といった家臣達に暗殺されてしまいます。これを永禄の変と言います。

この時、覚慶も三好三人衆らに捕まってしまいますが、約2ヵ月後、細川藤孝を中心とした足利将軍家を支持する幕臣達が協力して覚慶を救出します。

近江国甲賀の和田惟政の館に逃れた覚慶は、足利家の直系の男子であったので還俗し、名を義秋と改めて足利家の家督を継ぐことを宣言します。

一方、京都では、松永久秀が義昭の従兄弟にあたる義栄を擁立し、彼に家督を相続させようと目論みました。

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上洛を頼むも各大名にしぶられる

危機を感じた覚慶や細川藤孝達は覚慶を擁立して上洛してくれる大名を探します。上洛とは京都にいる足利幕府の将軍を保護することを意味していて、将軍家を守護する者として全国に大きな影響を与えることができました。

しかし、現実問題として当時の戦国大名達は自分と周りの勢力との争いで精一杯で、将軍家の事まで頭も戦力も回せません。

最初に名前のあがった武田や北条、上杉らの有力大名も京からやや遠く離れ、しかも互いに争っている状況で協力は仰げそうにありませんでした。京から近い近江を治めていた六角氏も一族の問題でごたついていました。

誰も協力してくれない状況、正にその時にまだ尾張の大名だった織田信長が細川藤孝に上洛の意思のあることを書状で伝えます。

この申し出は義秋らにとって、なんともありがたかったでしょう。永禄9年(1566年)細川藤孝らは信長上洛の為に、当時争っていた織田家と斎藤家の和睦を働きかけます。

一度は成功するのですが、細川の動きを知った松永久秀らが斎藤龍興に味方して美濃の状況を混乱させ、信長を足止めします。

これにより信長の上洛は不可能になり、義秋や藤孝らは信長をあきらめ、若狭の武田義統や越前の朝倉義景のもとへ赴きますが中々上洛の約束を取り付けられません。

歯がゆい状況が続く中、実は織田信長は浅井長政や武田信玄とも同盟を結び、美濃斎藤氏を滅ぼして着々と上洛の準備を行っていました。 斎藤氏滅亡の翌年永禄11年(1568年)、松永久秀らに擁立された足利義栄が第14代将軍に就任するともうこれが最後のチャンスと細川藤孝は信長と交渉します。

信長も上洛の意志を示し、ようやく義昭(朝倉家で義秋から改名していた)の協力者が現れました。

信長の思惑

信長は何故上洛を申し出たのでしょうか。細川藤孝は足利義昭を将軍にして、失われた足利家の権威を取り戻す事でした。

そして、京都の松永久秀の目的は自分の意のままになる将軍を傀儡として実権を握り、畿内を支配する事です。しかし、織田信長は、足利将軍家という古い権威ではなく、自分の武力によって新しい秩序を作ろうと考えていました。

上洛はその足がかりに過ぎず、将軍家への忠誠心でも、将軍家を操って全国を支配しようという気持ちも彼の頭の中にはありませんでした。全国を支配するのはあくまで織田信長自身の力でなくてはならなかったのです。

対して、足利義昭はどこの大名も自分達の争いにかまけて将軍家の直系の自分を助けてくれず、いつ自分が逆賊とされて命を奪われるかも分からない、そんな中での信長の上洛の申し出は正に助け船だったでしょう。
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まとめ

足利家を襲った暗殺事件は仏門にあった覚慶の運命を大きく変えました。彼と織田信長の出会いにより、時代は大きく動き出します。

しかし、自分の力で天下統一を狙う織田信長と、将軍家の権威を取り戻そうとする足利義昭の思惑は次第にすれ違っていく事になります。

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Mana

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投稿者プロフィール

歴史が好き!!の勢いで突っ走る歴史オタクのライターです。
その時代に生きた人々の文化や偉人達の人間味あふれるエピソードに興味津々。鎌倉や京都、全国の史跡を訪ねつつ温泉や美味しい物を楽しむのが何よりの幸せです。
歴史のオモシロ話を読みやすい文章でお届けできるように頑張ります。

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