今川義元は本当に愚将だった? 世間のイメージを覆す当時の評価とは

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今川義元ってどんな人?と聞かれて、まず思い浮かぶのは、「桶狭間の戦いで織田信長に討たれた武将」や、「お公家さんみたいで軟弱で愚かだった」とか、そんなイメージではないでしょうか。

完全にゲームなどの影響も強そうですが、本当の彼はどんな人物だったのでしょうか。

果たして、ゲームなどに描かれているような愚将っぽい人物が、戦国時代においてあのような一大勢力を築くことが可能だったのでしょうか?

そこで、彼の本当の人物像について探ってみたいと思います。

今川義元の歩んだ歴史

家督相続まで

義元は、1519年(永正16年)に、駿河および遠江を支配していた今川氏親の五男として生まれました。幼くして臨済宗の善徳寺に預けられ出家し、栴岳承芳(せんがくしょうほう・ばいがくしょうほう)と称していました。今川家の家臣であった太源雪斎(たいげんせっさい)から教育を受け、京都へ赴いて学んだりもしたそうです。

その後、家を継いでいた兄・氏輝の命により帰郷しますが、直後に兄が急死し、家督が回ってきます。そのため義元は還俗し、内乱を平定して、晴れて今川家当主となりました。

甲相駿三国同盟

まず、義元は甲斐を治める武田信虎の娘を妻とし、同盟を結びます。後、西三河の松平氏を支配下におき、竹千代(後の徳川家康)を人質に取りました。1548年(天文17年)には織田信秀に勝利し、領内から退けます。

それから彼が仕掛けたのが、大規模な同盟工作です。自分の娘を武田晴信(信玄)の息子へ嫁がせ、嫡子・氏真に北条氏康の娘を娶らせて姻戚関係を結び、甲相駿三国同盟(こうそうすんさんごくどうめい)を成立させました。

1555年(弘治元年)の第二次川中島の戦いにおいては、武田信玄と長尾景虎(上杉謙信)の和睦を取り持ったりもしています。

桶狭間の戦い

しかし、1560年(永禄3年)、2万5千といわれる大軍を率いて、上洛(諸説あり)の途中、織田軍の奇襲攻撃で有名な桶狭間の戦いにおいて、急襲され毛利良勝に討ち取られてしまいました。

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義元の人物像

公家文化に造詣が深かった

まず、第一に公家文化に造詣が深かったことが知られています。京都で学んでいたり、実母が貴族の娘だったりしますから、それはうなずけますね。

お歯黒をしていたり、化粧をしていたりというエピソードが伝わっていますが、これは後世の創作であるとも言われており、はっきりしたことはわかりませんがこれがゲームなどのイメージとなっているようです。

しかし、素養は非常に高く、今川家では定期的に歌会を開催していたという記録が残っています。

また、輿に乗っていたという話があるのですが、これは織田信長の側近・太田牛一(おおたぎゅういち)による「信長公記(しんちょうこうき)」に、桶狭間の戦いの際に義元が塗輿(ぬりごし)を打ち捨て逃げ出したという記述があります。太っていて馬に乗れなかったという説も多くありますが、当時、輿に乗るということは特権であり、それを許されていた義元は、権威ある存在であったということでもあるのです。

実は内政に力を入れていた!

そして、義元は内政にも力を注いでいました。分国法(領地を統治する際に定めた法令)である「今川仮名目録」の追加法を制定したり、検地を行い年貢の徴収を増やしたりしました。道路整備や商業の保護にも積極的に関わり、領内の安定につとめたのです。親子関係を模した主従関係を築く「寄親・寄子(よりおや・よりこ)制度」を定め、地元の有力な武士を取り込み、家臣の結束強化をはかりました。

ここら辺はかなり世間のイメージとはかけ離れた一面なのではないでしょうか。

また、義元が有能であったことを評する記録もあります。戦国時代の大名・越前の朝倉氏の重臣であった朝倉宗滴(あさくらそうてき)の言葉を集めた「朝倉宗滴話記」には、「国をよく治め、人を上手に使う、手本とすべき人」として、武田晴信や織田信長、長尾景虎と共に、義元の名が言及されています。

最後に

こうして見てくると、義元は内政に手腕を振るい、隣国との同盟によって国力を維持・拡大していった、実に有能な戦国大名だった側面が見えてきました。

それに加えて貴族並みの風雅をたしなむ心意気、ちょっと異色ではありますが、魅力的な人物だったのだと思われます。

勝てば官軍ではないですが、桶狭間の戦いだけがクローズアップされて、その後栄華を極める戦国時代のヒーロー織田信長のかませ犬のように見られてしまうのは、なんだか気の毒ですね。

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xiao

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投稿者プロフィール

歴史と犬の話題があれば生きていける、そんな人間です。
平安時代と戦国時代が好きですが、調べ出したらどの時代でも面白いです。歴史って本当に面白いものですね。
「トリビア」な話題を、みなさんにわかりやすく面白く読んでいただけるように頑張ります。

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